特許を取得することそのものを目的としない
特許を取得することそのものを目的としない
特許の仕事を始めた頃、ある大ベテランの弁理士の方が、「特許になれば、なんでも良いんだよ」ということをおっしゃっていました。どんな権利範囲でもいいから、特許にならないよりは特許になった方がクライアントにとっても良いことである、といった趣旨からのご発言だったのだと思います。
当時、特許事務所に入ったばかりで、特許というものを十分に理解していたわけではありませんが、私は、何かこの発言に違和感を覚えました。
「本当にそうなのだろうか? 例えば、自社製品もカバーできておらず、他社が実施したいと思わないような特許を取得しても、意義はあるのだろうか? このような有効ではない特許を安易に取得するのではなく、特許にできる可能性が低くても、知恵をしぼって、有効な権利を取りに行くべきじゃないのだろうか?」
そんなことを考えていました。
そして、今もその考えは変わっていません。
振り返ってみると、あちらこちらで、「特許になればそれでいい」と考えているだろう事案に出くわします。
例えば、特許調査などでたくさんの特許を調べていると、請求項1が「A成分35質量%、B成分42質量%、C成分23質量%を含む組成物」といったような特許を見かけることがあります。各成分の含有量が数値の範囲ではなく、数値そのもので規定されています。もし、A成分が36質量%で、B成分41質量%、C成分23質量%を有する組成物を他社が販売していたら、どうなるでしょうか。
他社品は、請求項の範囲から外れていますので、特許権侵害にはならないでしょう。
おそらくですが、請求項と他社品では、C成分の含有量は同じですし、A成分、B成分の含有量がそれほど大きく変わるわけではありませんので、他社品も、請求項に記載された発明と、同じような優れた効果を発揮するでしょう。
数値で発明を特定するパラメータ特許は、数値に幅を持たせることが必須なのですが、特許を取得することだけを目的とすると、上のような事例が発生してしまいます。
上のような事例は、かなりひどい事例なのですが、これまでに何件も同じような特許を見たことがあります。ここまでひどい事例ではないにしても、取得できる特許権の範囲など気にせずに、特許を取得することだけが目的になってしまっているケースは非常に多いのではないかと思います。
ところで、これまで、特許についてのセミナー講師をさせていただく、多数の機会がありました。その中で、拒絶理由通知への対応をテーマにして、講師をさせていただくこともあります。
拒絶理由通知への対応セミナーでいつも冒頭に話すことは、「特許を取得することそのものを目的としないでください。特許になりそうなところで、特許を取りに行くのではなく、特許がほしいところで特許を取りに行きましょう」ということです。
目の前にある「拒絶理由通知に対してどう対応しよう?」と考えていると、どうしても「特許になる」or「特許にならない」の視点でばかりで、対応方針を考えてしまいがちです。
ですが、「どういう請求項にすれば、特許になるか?」ではなく、「どのような権利を取得すると、自社の事業にとって意義があるのか?」を考えたうえで、「そのような意義のある権利を取得するには、どのように請求項を補正し、どのような主張をすればよいのか?」を考える、というのが本来のあるべき姿です。
もちろん、後者の方が、特許を取得するためのハードルは格段に高くなりますし、検討時間が長くなったり、何度も拒絶理由通知に対応する必要があったりと、労力がかかります。ですが、それにかかるコストや労力以上に、自社の事業にとって有効な特許を取得できるはずです。
是非、特許を取得することそのものを目的とせずに、自社の事業にとって意義のある権利とはどういうものか、その権利を取得するには、どのように請求項を補正し、どのような主張をすればよいのか、といったように視点を切り替えていただければと思います。
| 特許の知識にもどる |