WeWorkの特許出願から読み取る開発戦略
WeWork Companies, Inc. (以下、「ウィワーク社」という)は、レンタルオフィス、コワーキングスペースを提供する企業です。
ここでは、ウィワーク社の特許出願から読み取れる開発戦略について、見ていきたいと思います。
1.WeWorkについて
ウィワーク社は、米国ニューヨーク州ニューヨーク市に本社を置く、レンタルオフィス、コワーキングスペースを提供する企業です。ウィワーク社のミッションは「未来の職場づくりをサポートする」ことであり、ビジョンは「人々が意欲をかき立てられ、生産的で幸せでいられるようなワークスペースを提供する」ことです。
ウィワーク社は、アダム・ニューマン氏とミゲル・マッケルビー氏とにより、2010年2月に設立されました。ウィワーク社は、これまで30億ドル以上の資金調達を実現し、事業を拡大しています。2017年3月、2019年1には、ソフトバンクグループからも資金調達を受けています。しかし、2019年9月には、不正会計が原因で、アダム・ニューマン氏が創業者から退き、2019年8月に行っていた上場申請も撤回しました。その後、大規模なリストラを実施し、2021年10月にニューヨーク証券取引所への上場を実現しています。ただ2020年は通期で31億ドルの赤字であり、上場は果たしたものの、業績は厳しい状態が続いています。
ウィワーク社は、2022年2月現在で、世界38か国151都市に800か所以上のオフィスを運営しており、54万人以上が利用をしています。日本国内では、東京、横浜、大阪、神戸、名古屋、仙台、福岡などの7都市にてオフィスを運営しています。例えば、東京では、大手町駅直結のWeWork丸の内北口や、渋谷駅直結のWeWork渋谷スクランブルスクエアなど、大都市の主要駅からすぐの好立地なビルにオフィスが存在します。
一般的に、オフィスビルを所有している不動産オーナーは、利用者に物件を貸し出し、その賃貸料を収益としています。しかし、都市部は地価も高く、賃貸料も高額となるため、入居率を維持するのは難しいという課題があります。ウィワーク社のビジネスモデルは、好立地の不動産のオーナーからオフィスビルを借り、カジュアルでクールな洗練されたデザインのオフィスに改装した後、それらスペースを小分けにして企業や起業家に貸し出すことで、収益を得るものです。
ウィワーク社では、「ビルディング・インフォメーション・モデリング(BIM)」と呼ばれる設計・施工管理手法を用いて、インハウスのデザインチームにてオフィスの設計・施工を行っています。改装の費用は、不動産オーナーとウィワーク社の両者にて負担しているようです。
オフィスは、大企業からフリーランスまで異なる規模、また異なる業種の利用者が利用しています。利用者はコミュニティアプリにて会議室の予約ができるだけでなく、他の利用者とつながることもできます。各オフィスには、コミュニティマネージャーが常駐し、会員企業のマッチングを実施し、また会員間のトラブル解決等を行っています。
2.WeWorkの開発戦略
ウィワーク社は、米国において、21件の特許出願をしており、その多くが審査中ですが、すでに3件の特許を取得しています。その他、欧州にて1件、カナダにて1件、オーストラリアにて1件の特許出願をしています。ウィワーク社の約800か所のオフィスのうち、約300か所のオフィスが米国にあります。ウィワーク社の主要マーケットが米国であること、業績も厳しい状況にあることを考慮すると、他の国には出願をせずに、特許出願が米国に集中しているのも、妥当と考えられます。ただ、米国では、2016年から特許出願が徐々に増えており(2016年2件、2017年2件、2019年7件、2020年10件)、今後、ますます出願数は増えてくると予想されます。
以下、最も多くの出願をしている米国出願について、見ていきましょう。
ウィワーク社は、脱着可能なモジュール壁構造(US2020/0308830A、US2021/0040737A)、モジュール式照明システム(US2021/0102671A)に関する特許出願をしています。US2020/0308830A、US2021/0040737Aは、接着剤や留め具を利用することなく、建物の壁と床との間に容易に取り付けられ、壁・ドアを作成することができるパーテーションに関するものであり、短期間、低コストでオフィスを改装できるものです。また、US2021/0102671Aは、複数のモジュール式照明器具と、この照明器具に電力を供給するように構成された低電圧電源ボックスとを備える照明システムに関するもので、低電力で広い空間内に光を効率的に提供することができます。これらから、ウィワーク社は、壁や照明等をモジュール化することで、低コストで、且つ、統一感のある洗練されたオフィスを構築していると推測することができます。
また、ウィワーク社は、ベンチやテーブルなどについて、5件の意匠特許を取得しています。オフィスの内装について、デザインそのものは意匠特許で保護し、短期間・低コストでの改装を実現する技術は特許で保護する、といったように、意匠と特許の両面での保護を意図していることがわかります。
オフィスの内装に関するものの他、ウィワーク社は、予約システム、会議システムなど、情報技術を活用した、オフィスの利用者の利便性を向上させるための特許出願をしています。以下、情報技術に関する特許出願について、発明の内容と、主な課題を一覧で示します。
例えば、US2019/0228348Aは、利用者に適した作業環境の共有デスクを予約することができる予約システムに関するものです。また、US10,510,026Bは、会議の出席者のユーザ属性に基づいて会議の冗長性を判定するものであり、一部のユーザを会議の出席者から除外することができます。US11,178,509B、US10,531,226B等により、利用者の動線を把握することができれば、より利便性の高いオフィスの設計をすることができます。US2020/0349529Aは、複数の顧客からの要望について自動的に優先順位を決定するものであり、ウィワーク社のスタッフは、効率的に優先度の高い要望から処理をすることができます。
これらは、いずれもオフィスの利用者の利便性を高めるものであり、情報技術を利用して、より良い顧客体験を実現しようとしていることがわかります。
以上のように、ウィワーク社は、オフィスの設備そのもの(ハード)と、顧客の利便性を高めるための情報技術(ソフト)との2つの異なる側面から開発を行い、それぞれの成果について特許出願を行っています。洗練されたオフィスを構築することで「人々が意欲をかきたてられる(be more motivated, productive, and happy)」というビジョン、情報技術で顧客の利便性を高めることで「生産的で幸せでいられる(be more motivated, productive, and happy)」というビジョンを達成しようとしていると考えられます。このビジョンが結果として、「未来の職場づくり(Empowering tomorrow’s world at work. )」というミッションの実現につながっています。
3.他のビジネスモデルへの応用
上で述べましたように、ウィワーク社は、オフィスの設備そのものについての開発と、オフィスを利用する際の利便性を向上させるための情報技術の開発とを行い、それぞれの成果について特許出願を行っています。つまり、ハード(オフィス)とソフト(顧客体験)の両面から開発を進め、それを権利化するという戦略をとっています。このハードとソフトの両面からの開発及び出願戦略は、複数の店舗や施設にて利用者にサービスを提供する他のビジネスモデル(小売業、飲食業、宿泊業、その他サービス業)においても応用できると考えられます。
例えば、ファミリーレストラン等の飲食チェーンであれば、家族が楽しめるような空間や設備の開発を行い(ハードの開発)、さらに、レストランでの時間(例えば、食事が提供されるまでの時間)をより楽しいものにするためのアプリの開発を行い、これらについて特許出願を進めるなどが考えられます。企業のミッション、ビジョンを実現するためのハード、ソフトの両面からの開発、権利化を促進していくことが重要であると考えられます。
参考資料
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